で?っていう備忘録

再開です。

半世紀後にはもう読まれなくなってしまうかもしれない城山三郎の「輸出」をめぐって(2)

前置きと宣伝


「はじめてのあずまん」という同人誌に、「ぼくらの町の郵便屋さん」という小論を書きました。
小説家東浩紀論です。
存在論的、郵便的』と『クォンタム・ファミリーズ』を目印に、1980年代〜2000年代の純文学の動向をざっくりまとめた論文です。学生の拙文ですが、「読みやすさ」だけは保証できます。
文学フリマでβ版を販売したところ、思わぬ好評を頂いたため(200部強も!)、更新版を発行しようかと計画しているのですが、どうにも印刷費用が足りそうになく……。「どれどれ」「気になる」「協力してやるよ」という方は、リンク先を覗いてみて下さい。


「大衆」とPOP


携帯音楽機器市場におけるSONYとアップルの関係は、純文学と大衆小説の関係と似ています。前者は先進技術の開発力に優れていますが、製品の一般普及があまり得意ではなく、ファンも玄人が多い。後者は同業他社からの技術吸収にも、製品の普及にも貪欲で、ファンは素人に多い。
「大衆小説」をめぐる議論にはかなりの蓄積がありますが、そもそも時代小説から推理小説、SF、ファンタジー、家族小説、恋愛小説などなど多種多彩なジャンルをひとまとめにしているだけあって、その全体像を語り尽くす・読み尽くすにはかなりの時間がかかります。
それだけではなくて、「大衆小説」というのは、一般に、書き手の個人史や思想遍歴に紐付けにくかったり、話題が転々とする続きものが多かったり、作家がいくつかのジャンルを「かけもち」することも珍しくなく、多作による品質の良し悪しもまばらなせいで、作品単体を精読して論じるやり方では、多くのことが語りにくい娯楽です。今の少年・少女向け漫画の読まれ方に近いところがあります。
城山三郎も例外ではなくて、彼の著作のなかには、いま読み返しても十分楽しめる強度のもの、書き飛ばされていて読むに耐えないもの、時代の移り変わりに負けてしまったものが混在しています。
もちろんそれは他の娯楽文化にも言えることなのですが、彼の然々の小説を深読みする前に、当時の文化・政治情勢を漁ったほうが、より分かりやすいのは事実です。
どちらかと言えば、大衆小説は作品の自立・完結よりも、社会とのつながりを選んできたようです。だから、一作いっさくの賞味期限は短くなりますが、その分「開かれた作品」として同時代の多くの人がアクセスしやすくなっている。そのせいもあって、大衆小説は論じにくい。必ずしも作品自体の出来不出来に評価軸を置けるわけではないからです。
というわけで、「続きを読む」以降から、城山三郎が処女作を『文学界』という純文学の雑誌に発表する、前後10年の社会の動向をざっくり見ておきます。


※しばらく年表の羅列が続きます。

前後十年の政治・経済略史

1953年(昭和28年)
朝鮮戦争停戦
ソビエト連邦共産党中央委員会書記長ヨシフ・スターリン死去。ソ連、水爆保有を発表
・テレビ放送開始(NHK総合テレビ、日本テレビ開局)
紀伊国屋、スーパーマーケット型小売店開業
・町村合併促進法(自治体数は1953→1961で9868→3472に)


1954(昭和29年)
・米華相互防衛条約、米韓相互防衛条約、日米相互防衛援助協定
第一次インドシナ戦争休戦協定。ベトナム南北に分割統治されることに
・東南アジア条約機構設立
・自衛隊発足。海外派遣をしないことを参院で全会一致で決定。駐留米軍撤退進む


1955年(昭和30年)
・第1回原水爆禁止世界大会
・アジア=アフリカ会議(周恩来×ネルー他)「平和十原則」決議
・農業人口(就業人口中)4割強→1970年には2割弱、
社会党左右両派統一、保守合同自由党民主党自由民主党)。「55年体制」出来る
・「春闘」方式はじまる。各産業労働組合による一斉賃上げ要求闘争のこと
・高校進学率50%突破
・漫画を標的に、「日本子どもを守る会」「母の会連合会」「PTA」らによる「悪書追放運動」


1956年(昭和31年)
ニキータ・フルシチョフ、党大会にて言わゆる「スターリン批判」を展開
以降、共産圏各国家にて自由化運動が続々と起こる(ハンガリー事件、プラハの春など)
スエズ戦争(英仏のスエズ運河出兵。米ソの介入にて失敗)
・『経済白書』「もはや戦後ではない」
・日ソ共同宣言(鳩山一郎×フルシチョフ)。日ソ国交正常化。→日本、国連加盟
チベット動乱(1956-1959)


1957年(昭和32年)
・EEC設立(加盟国はベルギー、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ルクセンブルク
『輸出』(城山三郎・『文學界』7月号)
・ソ連、人工衛星スプートニクの打ち上げに成功
・首相の病のため石橋湛山内閣総辞職、岸信介内閣発足
・五千円札、百円硬貨発行・流通開始


1958(昭和33年)
毛沢東大躍進政策開始(1960に大失敗に終わる)
・「55年体制」出現後初の衆院総選挙
(自民党は自主憲法制定を掲げて選挙運動を展開したが、獲得議席数は2/3に届かなかった)
・日本、国連安保理非常任理事国となる
・国民健康保険法全面改正(1964年国民皆保険制度)・売春禁止法施行
・「岩戸景気*1
・「(株)全日空」(=「(株)日本ヘリコプター輸送」+「(株)極東航空」)生まれる
・東京タワー完成、特急「こだま」運転開始、一万円札発行・流通開始
・日本映画年間観客動員数11億人を超える。史上最高
・「若い日本の会」結成。60年安保に反対


1959年(昭和39年)
キューバ革命フィデル・カストロチェ・ゲバラバティスタ政権を打倒。
・ド・ゴール大統領就任、新憲法制定、第五共和政成立。
・『週間少年サンデー』『週間少年マガジン』創刊
・第一回日本レコード大賞「黒い花びら」
南極条約調印(日、米、英、仏、ソなど)


1960年(昭和38年)
日米安全保障条約締結。安保闘争激化、国会議事堂前で警官隊とデモ隊の衝突、反対デモ隊による東京国際空港周辺包囲のためアイゼンハワー米大統領訪日中止、岸内閣総辞職。
・池田内閣発足。「所得倍増計画」提唱。
三井鉱山6000人の希望退職者を募集。三池炭鉱争議。労働者側の敗北。(石炭産業斜陽化)
・東芝カラーテレビ発売


1964年(昭和39年)
東京オリンピック開催(テレビ普及率は1958→1964で23.6→87.8%に)

【補足】
・1959日本レコード大賞始まる。
『羽田発7時50分』(フランク永井)『夕焼けとんび』(三橋美智也)『だから云ったじゃないの』(松山恵子)『ダイアナ』(平尾昌晃)『嵐を呼ぶ男』(石原裕次郎)『星はなんでも知っている』(平尾昌晃)『花笠道中』(美空ひばり)『おーい中村君』(若原一郎)『無法松の一生』(村田英雄)『からたち日記』(島倉千代子)『赤い夕陽の故郷』(三橋美智也)『ダイナマイトが150屯』(小林旭)(以上1958)


国産白黒テレビ発売(シャープ。¥17.5万)噴流式洗濯機発売(三洋電機。¥2.85万)(以上1953)自動式電機釜(東芝・1955)チキンラーメン日清食品)ファンタ(日本コカ・コーラスーパーカブ本田技研工業)、フレンチ・ドレッシング(キューピー)スバル360富士重工業)アサヒゴールド(缶)(アサヒビール)ブルーバード(日産)長嶋茂雄初出場、王貞治入団、川上哲治引退(読売巨人軍)(以上1958)東芝カラーテレビ(1960)


ラジオ東京『私は貝になりたい』(1958。文部省芸術祭賞受賞)
旧KRTV・現TBS『月光仮面』(1958。平均視聴率40%、最高視聴率67.8%(東京地区))
日本テレビ『怪傑ハリマオ』(1960-1961。同時期同内容の漫画連載。石ノ森章太郎作画)
フジテレビ『鉄腕アトム』(1963-。アニメ第一作。平均視聴率30%)

国内外の文芸シーンの動向


この節もまた、名詞を書き並べるだけの、古いSEO対策めいた記述が続きます。
ちなみに現在では、Google検索はパーソナライズ化とスパム対応が着々と整備されていますので、ただひたすら単語を並べただけのブログが検索結果の上位に並ぶことはほとんどなくなって来ています。
リアルタイム検索もtwitter社との提携終了でなくなってしまったし、誰かGoogle+の招待状くれないかな。

芥川龍之介賞(1935-)
安岡章太郎『悪い仲間・陰気な楽しみ』(1953上)吉行淳之介『驟雨』(1954上)小島信夫『アメリカン・スクール』(1954下)庄野潤三『プールサイド小景』(1954下)遠藤周作『白い人』(1955上)石原慎太郎太陽の季節』(1955下)開口健『裸の王様』(1957下)大江健三郎『飼育』(1958上)


直木三十五賞(1935-)
梅崎春生『ボロ家の春秋』(1954上)新田次郎『強力伝』(1955下)山崎豊子『花のれん』(1958上)城山三郎『総会屋錦城』(1958下)多岐川恭『落ちる』(1958下)司馬遼太郎梟の城』(1959下)池波正太郎『錯乱』(1960上)水上勉『雁の寺』(1961上)

福田恒存『藝術とはなにか』(1950)『人間・この劇的なるもの』(1956)大岡昇平『野火』(1952)『花影』(1961)江戸川乱歩「類別トリック集成」(1953・『続幻影城』収録)中村光男『谷崎潤一郎論』(1952)『志賀直哉論』(1954)『私の文学論』(1957)井上靖氷壁』(1957)『天平の甍』(1957)『敦煌』(1959)谷川雁『大地の商人』(1954)『天山』(1956)鮎川信夫鮎川信夫詩集』(1955)
吉本隆明×花田清輝論争(1956-1960)田村隆一『四千の日と夜』(1956)『言葉のない世界』(1962)星真一『セキストラ』(1957)瀬戸内晴美『花芯』(1957)、『夏の終わり』(1963)野間宏『真空地帯』(1957)谷川俊太郎『二十億光年の孤独』(1952)『六十二のソネット』(1953)安部公房『壁』(1951)『第四間氷期』(1959)『砂の女』(1962)
三島由紀夫「ボディ・ビルを始める」(1955)『金閣寺』(1956)『鏡子の家』(1959)大岡信『現代詩試論』(1955)『記憶と現在』(1956)江藤潤『夏目漱石論』(1955)深沢七郎楢山節考』(1956)『風流夢譚』(1960)柴田錬三郎眠狂四郎』(1956-1972)寺山修司『空には本』(1958)松本清張『或る小倉日記伝』(1952)『顔』(1955)『点と線』(1957)『眼の壁』(1958)
柴田錬三郎眠狂四郎』(1956-1972)山田風太郎『妖説忠臣蔵』(1957)『誰にもできる殺人』(1958)『甲賀忍法帖』(1958)吉田健一『日本について』(1958)神西清訳『チェーホフ戯曲集』(1958)青野季吉『文学五十年』(1958)遠藤周作『海と毒薬』(1958)小林秀雄『近代絵画』(1958)吉野秀雄『吉野秀雄歌集』(1958)堀口大学『夕の虹』(1958)
呉茂一『イリアース』(ホメロス)の原典訳(1958)角田喜久雄『笛吹けば人が死ぬ』(1958)大藪春彦『野獣死すべし』(1959)吉川英治新・平家物語』(1957)文化勲章受章(1960)司馬遼太郎梟の城』(1959下)池波正太郎『錯乱』(1960上)筒井康孝『お助け』(1960)

木下惠介『カルメン故郷に帰る』(1951・松竹。日本初のカラー映画)『ゴジラ』(1954・東宝)『二十四の瞳』(1954・松竹)『楢山節孝』(1958・松竹)
黒澤明羅生門』(1950・大映)『七人の侍』(1954)中平康狂った果実』(1956)『隠し砦の三悪人』(1958)
溝口健二西鶴一代女』(1952・大映)『雨月物語』(1953・大映)『山椒大夫』(1954・大映)
小津安二郎麦秋』(1951・松竹)『早春』(1956・松竹)『彼岸花』(1958・松竹)『東京物語』(1953年・松竹)
市川崑ビルマの竪琴・日活』(1956)『野火』(1959・日活)『鍵』(1960・日活)
小林正樹『人間の条件』(1959-62・松竹)『切腹』(1962・松竹)『怪談』(1964・松竹)
稲垣浩『無法松の一生』(1957・東宝。ヴェネツィア映画祭金獅子賞)『白蛇伝』(1958・東映「日本初の長編カラーアニメ映画」)
大島渚『愛と希望の町』(1959)『青春残酷物語』『太陽の墓場』(1960)
吉田喜重『血は渇いてる』(1960)
篠田正浩『乾いた湖』(1960)『太陽の季節』『嵐を呼ぶ男』『陽のあたる坂道』(石原裕次郎主演映画)

山川惣治『少年ケニア』(1951-1955)手塚治虫ジャングル大帝』(1950)『リボンの騎士』(1953)『火の鳥』(1954)「なかよし」(1954)「りぼん」(1955)「少年マガジン」(1959)

to Beatnik from Lost Generation
Jack Kerouac『On the Road』(1951・米)
Ernest Miller Hemingway『老人と海』(1952・米)
『The Wild One』(1953・米。Marlon Brando主演)
『Rebel Without a Cause』(1955・米。James Dan主演)
Allen Ginsberg『Howl』(1956・米)
William Seward Burroughs『The Naked Lunch』(1959・米)


Angry Young Men,Before Mods
Colin Wilson『The Outsider』(1956・英)
Alan Sillitoe『長距離走者の孤独』(1958・英)
John Osborne『Look back in anger』(1956・英)
Kingsley Amis『ラッキー・ジム』(1960・英)


Nouvelle Vague
『Les Cahiers du cinéma』初代編集長André Bazin(1951・仏)
Louis Malle『死刑台のエレベーター』(1957・仏)
Éric Rohmer『獅子座』(1959・仏)
François Roland Truffaut『大人は判ってくれない』(1959・仏)
Jean-Luc Godard勝手にしやがれ』(1959・仏)
Claude Chabrol『いとこ同士』(1959・仏)
Jacques Rivette『パリはわれらのもの』(1960・仏)
Alain Resnais『去年マリエンバートで』(1961・仏)

Nouveau roman et Nouvelle Critique
Samuel Beckett『モロイ』(1951・仏)
Roland Barthes『零度のエクリチュール』(1953・仏)
Albert Camusノーベル文学賞受賞(1957・仏)
Michel Butor『心変わり』(1957・仏)
Alain Robbe-Grillet『嫉妬』(1957・仏)
Claude Simon『フランドルへの道』(1959・仏)
Nathalie Sarraute『プラネタリウム』(1959・仏)

要するに


荒っぽくにまとめると、思想史っぽく読めば、「戦争に行ってきた大人」が円熟し、「戦争を知っている大人」が足元を固め、「反抗せよ!「いま・ここ」をぼくらの手に!」が声をあげる時期でした。
「ほんとうの戦争」を経験した時代小説は、「捕物帖」→「剣豪小説」→「忍者小説」へ、「英雄達の活躍」から「男たちの生き様」へと主題をゆっくりと移していきます。
「トリックの面白さ」がひと通り出尽くしたあと、 推理小説は「社会」に目を向け始め、扱われる主題も「どう殺したのか?」から「なぜ殺したのか?」へと向かいます。そうして大衆小説化していきます。一般に普及していったということです。
そして、日本SFがひっそりと産声をあげます。
「戦争の終わり」が終わったあと、純文学界に現れたのは、「別の時・空間」での「ぼくの頭のなかの戦争」、遠い「戦争」の記憶と近くにある「生活」の不安との板ばさみ、「大人たちが作った世界」を蹴飛ばそうとする熱気でした。
現代詩は、『荒地』(1947-48)→『荒地詩集』(1951-58)の時代 です。
日本映画の黄金時代がやってくる!世界の巨匠と松竹ヌーヴェルヴァーグが花開き、小説を原作にした映画がすごくたくさん撮られています。
漫画は赤本や総合雑誌から週刊雑誌、専門雑誌の時代へ移ります。「少年倶楽部」(1962休刊)から「少年マガジン」(1959創刊)へ。「子供のおもちゃ」から「若者の嗜み」へと扱いが変わっていきます。
そんな時代に城山三郎は、時代小説の筆法と、感傷小説のスタイルを用いて、「アメリカで苦心するサラリーマン」という題材の短編を書いてデビューします。経済小説の元祖というと、要するにお金や会社や仕事が数行でも出てきさえすれば「元祖だ!」「祖先だ!」と言えてしまう世知辛い学術界ですから、先例はたくさんありますが、戦後の日本が経済、文化、政治各面の貧しさから徐々に復興していく時代にあって、まとまった量、相応の質で経済活動を主軸に据えた小説を書き続けた作家といえば、おそらくは城山三郎が初めてだった、と言って差し支えないでしょう。



次回予告


どうして今回「です・ます調」で書き通しているかというと、まぁ、惰性なのですが、それはさておき。
次回は城山三郎の作風と概観して、処女作「輸出」の本文にも当たりながら、さも深読みしました風のことを書き連ねていこうと思います。ブログの種になる課題レポートがそれほど分厚くなかったせいもあって、おそらくこの連載は全3回で完結してしまいそうです。どうしようかな。卒論の実況中継でもしようか。

*1:前年度6月頃から本年6月頃まで、国際収支の悪化による神武景気の冷え込みを改善するため、日銀による金融引き締めが行われ、「なべ底不況」と呼ばれるデフレが続いていたが、国内消費の伸び、公定歩合の引き下げ、技術革新による産業構造の変化などにより、本年下半期から「岩戸景気」と呼ばれる好景気となった。牽引産業は、電機機械、精密機械、自動車、鉄鋼、科学、石油精製など。他方、石炭、海運業は停滞