で?っていう備忘録

再開です。

『芸術企業論』(村上隆)からの引用

「勤め人の美術大学教授」が「生活の心配のない学生」にものを教え続ける構造からは、モラトリアム期間を過ごし続けるタイプの自由しか生まれてこないのも当然でしょう。エセ左翼的で現実離れしたファンタジックな芸術論を語りあうだけで死んでいける腐った楽園が、そこにはあります。世界の評価を受けなくても全員がだらだらと生きのびてゆけるニセモノの理想空間では、実力がなくても死ぬまで安全に「自称芸術家」でいられるのです。

マルセル・デュシャンの作品がなぜ芸術と呼ばれうるのでしょう?
アメフトを観戦するのと同じで、ルールがわからなければ、おもしろくも何ともない作品、という物でしかありません。
「欧米美術史のルールを壊し、なおかつ再構築するに足る追加ルールを構築できている」
欧米美術史のルールを読み解くことに集中したデュシャンのすごさは、「芸術は美しいものである」とだけ考えている人にはわからないし、難しいものだったのです。
ウォーホールにしても、キャンベルの缶を描いただけでなぜ芸術作品になりえたのかは、ルールの理解と再解釈に長けていたからなのです。

ぼくの想定している美術作品の政策方針は、おそらく料亭やレストランを作ろうとすることに近いのだと思います。店の外観や内壁のデザイン。作庭。調度品選び。従業員教育。調理場の料理人やサービスの人間と店の方向性を話し合う。仕入れ先には連絡をたやさない。情報収集にいそしみ、常連さんにもはじめての人にも楽しんでいただけるように工夫する。そして毎日休まず料理をお客さんに出し続ける……。

ぼくは天才型ではありませんが、たまに空白状態の中で偶然に作品ができる時もあります。「やめられないなぁ」と思うような快感が味わえるのですが、ここに問題もあるのです。偶然にできた作品は認められないかもしれないのです。

迷いも悩みもイヤなこともたくさんありました。
日本文化を抱えて欧米に進出した日本人の大半がひきあげてゆく理由も、とてもよくわかりました。
本場のアートシーンでスポットライトを浴びるようになった今も、違和感はあるのです。
「本来の意味の芸術は、ルールの中におさまるはずがないのではないか」
「「芸術は、一般社会にビジネスとして着地なんてしないものではないか」
幼少の頃からの直感が頭をもたげるのですが、理解不能の突飛な芸術ならば西洋に受けいれられないことは事実として横たわっている。

訓練がまるでないまま表現している人の量にゾッとするというか、ちょっとでもいいと、先生や仲間がほめちぎるからうまくいかなくなるんじゃないかな、と感じているんです。
「私の絵が一枚でも認められれば、一攫千金だ!」
芸術の世界には、若者が気軽に参入してきます。
しかし、すごい金額がついたりするのはずいぶん後のことです。
一枚、1000円や2000円で売らなければならない時代を経なければならないのになぁとは思います。
「修行しなくてもやっていける」という思いこみがあまりに蔓延しているので、ぼくは却って「この幻想は誰が発明したのだろう」と興味を持ってしまったりもします。
まぁ、永遠のモラトリアムの夢空間に居続けたい人が、やってきちゃう世界なのかもしれませんけど。

発掘されていない宝を手に入れるため、ぼくは次のような五段階の方針をとりました。

1.自分の興味のある表現分野を探し、その分野の歴史を徹底的に学ぶ。
2.その分野に興味を持ちはじめた理由を探す。興味の源泉は肯定的なものだけではないから理由を探すとかならず行き止まりになるが、それでも原因を究明する。
3.究明し終わるとそれが本当に自分の興味のある分野かどうかあやうくなっているので、自分の興味のある表現分野がどこにあるのかを何度も検証し直す。
4.興味の検証を終えて歴史を徹底的に学ぶと、宝島に行くための地図が見えてくる。
5.地図を解析する勉強に励み、資金を調えて、いざ宝島に出かける公開をはじめる。

こんなに易しい言葉でこうもびしばしと「ほんとうのこと」を書いてしまっていいものかしら?