「もっと評価されるべき」すべての文芸たちのために（３）

３．前置き３

さて、これから僕はリービ英雄を読むわけだけど、これまでのようにリービ英雄だけを読むわけにも行かないだろう。ある小説が「マイナーの文学」であるのは他の小説との関わりのなかだけなのだ。たった一つの小説だけを極私的に読むのであれば、そもそも「マイナーの文学」なんてレーベリングでフランツ・カフカを売り出す必要なんてないのだ。
少し変わった叙述スタイルを取りたい。前置きが三つ並ぶだけでもかなりへんてこな語り口を採用していると自分でも思うけど、これから僕はこんなふうに書いていくことにする。
まず次章には、「○○という小説家は××だが、リービ英雄は△△だ。」という短文をいくつも並べる。観測地点は多過ぎても少な過ぎてもいけないから、さしあたって、『マイナー文学論』で提示された七つの視点をすべて採用することにしよう。確認のため書き写しておくと、①方言、②外国人による日本語小説、③私小説、④翻訳、⑤越境者、⑥ホモソーシャル、⑦ポストコロニアリズムの七つだ。すべて書き終えたら、次々章からひとつひとつ、圧縮されたワードファイルを解凍するように、解説していく。七つの解説が集め終わったら、神龍が暗雲のなかから現れて願いを叶えてくれるみたいに、「リービ英雄文学」とでも呼べそうなものの輪郭がぼんやりと顔を出す、そういう論考になるといい。
ただひとつ断っておきたいのは、これから取り上げられる小説家たちが、何か信頼のおける明瞭な基準で選ばれているわけではない、ということだ。僕が好き勝手に選んだ小説家のほんの一部の小説しか、ここでは言及しないし、できない。「マイナーの文学」というからには、理想的にはすべての「文学」に触れるのが望ましいが、そうするには時間が足りないし、そこまで手間・暇をかける利点も思いつかない。僕がしたいのは「マイナー文学」というぼんやりした言葉に厳密で揺るぎのない骨格を与えることではなくて、リービ英雄を読むことなのだ。「文学」のなかには、小説、詩、戯曲、短歌、俳句、エッセイ、評論など、さまざまな領域があるが、今回は、「小説」だけに目を向ける。さらに、「小説」のなかでも、言わゆる「純文学」という領域だけに話を限りたい。話が広がり過ぎて手に負えなくなるから、音楽とか、映画とか、絵画の話をする時に、やたらと「文学」という言葉を使う人がいるけれど、その人は「すごい」とか「やばい」とか「素晴らしい」とかの代用語として、「文学」という品の好い言葉を選んでいるのだ、ということにしたい。試しに『千々にくだけて』が刊行された年の『新潮』、『群像』、『文学界』、『文藝』、『すばる』を調べてみたら、これだけの作家が「文学」を書いていることがわかった。僕は驚いた。「マイナーの文学」という言い方が、なんだかちょっとよくわからなくなってしまったくらいだ。
リービ英雄は「いつの、どこの、誰にとっての」「マイナーの文学」なんだろう？

【２００５年に言わゆる「純文学系主要文芸誌５誌」に原稿が掲載された作家の名簿。計２３１名。】
大江健三郎、星野智幸、庄野潤三、林京子、清岡卓行、村田喜代子、青野聰、増田みず子、岡松和夫、渡邊亜希子、長野まゆみ、吉村昭、佐伯一麦、玄月、小池昌代、三木卓、加藤幸子、成富ミヲリ、阿部和重、佐川光晴、モブ・ノリオ、生田紗代、平田俊子、デハラユキノリ、町田康、リービ英雄、稲葉真弓、辻井喬、黒井千次、岡松和夫、十文字実香、佐藤憲胤、宮内聡、こなかりゆ、青木淳悟、赤染晶子、鹿島田真希、栗田有起、小林エリカ、柴崎友香、中島たい子、西村賢太、福永信、村田沙耶香、森健、眞島竜男、多和田葉子、松浦弥太郎、李恢成、樋口直哉、望月あんね、青山真治、高橋たか子、吉村萬壱、岩阪恵子、脇坂綾、丹羽文雄、前田司郎、岩阪恵子、宮崎誉子、岡田睦、本谷有希子、稲葉真弓、伊藤たかみ、角田光代、白石かずこ、山田詠美、長嶋有、大道珠貴、片岡義男、小野正嗣、椎名誠、南木佳士、メリッサ・Ｐ、島田雅彦、中村稔、筒井康隆、川上弘美、黒井千次、辻原登、青来有一、大塚銀悦、浅山泰美、久世光彦、藤沢周、横井和彦、久谷雉、黒川創、相川英輔、後藤美和子、森川雅美、花村萬月、松井雪子、楠見朋彦、片岡直子、佐久吉忠夫、寺本親平、筒井康隆、高柳誠、松尾スズキ、辻仁成、斎藤恵子、石原慎太郎、澤井繁男、田口ランディ、糸井茂莉、青山光二、絲山秋子、大竹昭子、建畠晢、松野大介、川田絢音、藤野千夜、大道珠貴、楠見朋彦、松本邦吉、中山智幸、桑井朋子、西崎憲、安斎あざみ、浅田厚美、笙野頼子、豊田道倫、しりあがり寿、吉田修一、青山七恵、三並夏、いしいしんじ、モフセン・マフマルバーフ、プラープダー・ユン、ペ・スア、アファグ・マスード、バフマニオル、ジンヌル・ウラクシン、潘向黎、マヘシュビクラム・シャハ、チャン・ドゥック・ティエン、黄淑嫺、ナスリン・ジャハン、セノ・グミラ・アジダルマ、マフムド・ダルウィシュ、佐藤友哉、野坂昭如、古井由吉、平出隆、吉増剛造、エドワード・サイード、矢作俊彦、鹿島田真希、桐野夏生、マグナス・ミルズ、金井美恵子、加賀乙彦、村上春樹、伊井直行、大城立裕、ジュンパ・ラヒリ、大庭みな子、中村文則、奥本大三郎、舞城王太郎、緒形圭子、ジャッキー・ケイ、中上紀、テオ・アンゲロプロス、柳美里、車谷長吉、辻原登、イアン・マキューアン、平野啓一郎、沢木耕太郎、倉橋由美子、嶽本野ばら、ケリー・リンク、バリー・ユアグロー、ポール・ラファージ、清水博子、Ａ・ソクーロフ、沼野充義、田中慎弥、宮本輝、中沢けい、長嶋有、見沢知廉、佐藤弘、荒川洋治、岡田利規、森内俊雄、中島京子、甘糟幸子、鴻上尚史、江國香織、小田実、ファーブル、宮本徳蔵、大泉芽衣子、宮内勝典、篠原一、高橋源一郎、井上ひさし、荻野アンナ、岡本敬三、レベッカ・ブラウン、栗田有起、千頭ひなた、中島たい子、茅野裕城子、長薗安浩、飯島耕一、宮英子、林翔、金原ひとみ、金石範、安達千夏、日和聡子、春樹、衛慧、潘向黎、戴来、余傑、Ｗ・Ｈ・オーデン、横田創、窪島誠一郎、中原文夫、ミラン・クンデラ、高瀬ちひろ、楠見朋彦、長薗安浩、四元康祐、
（http://homepage2.nifty.com/te2/b/home.htmより。順不同・敬称略）